CNTは、軽量でありながら金属より高い電流容量を持ち高い機械的強度も備えています。そのため、CNTを紡いで作製した長繊維は、以前から代替配線材料として注目されています。ただし、抵抗が銅の数千倍と大きいのが課題でした。本研究では、乾式紡績で作製したCNTヤーンに銅をメッキして、CNTと銅が均質に混ざりあった複合ガイバーを開発しました。電気抵抗の温度係数が銅のそれより小さいため、100℃以上の高温では銅よりも比導電率が大きくなることがわかりました。
CNT/銅複合ワイヤー作製方法
銅アセチルアセトナート(Cu(acac)2)をガス中蒸発法により熱分解し、CNTフォレストを構成するCNTの1本1本にCuナノ粒子を形成しました。このCNTフォレストは紡績可能なので、紡績現象によって引き出されたCNTウェブにもナノ粒子が均一に担持されています。その銅ナノ粒子担持CNTウェブを撚ってCNTヤーンを作製しました。ヤーンとなった後も、元素分析結果からCNT表面に銅ナノ粒子が吸着しており、中心付近までナノ粒子が存在していることが確認されました。
このナノ粒子担持CNTヤーンに電解メッキで銅を析出させ、CNT/Cu複合ワイヤーを作製しました。CNT上にあらかじめ銅ナノ粒子を吸着させた場合、複合ワイヤーは外周部から内部まで均質に銅が析出しています。銅粒子から広がるように銅が析出するため、銅は緻密にCNT表面に堆積しています。一方、銅ナノ粒子がない場合は、複合ワイヤーの外周部に多量の銅が析出し、内部は銅析出が少なくなっています。シンプルな銅メッキ処理ではグラフェン表面での銅還元反応速度が低いため、電界が集中するヤーン表面での銅析出が優先的に進行したと考えられます。その点において、銅ナノ粒子は銅析出点となるためヤーン内部でも良好な銅堆積が得られたと言えます。
電気伝導特性
ナノ粒子担持複合ワイヤーの導電率は1.82×105 Scm-1でした。メッキしていないCNTヤーンの導電率は2.17×102 S cm-1であり、銅複合化により約1000倍になっていることがわかりました。国際焼鈍銅規格(IACS)の 100%IACS銅の導電率は5.8×105 Scm-1なので、複合ワイヤーの導電率は銅比率(57%)程度であることから銅マトリクス中を移動する自由電子がキャリアとして支配的であることがわかりました。
一般に金属の電気抵抗温度とともに直線的に増加します。CNT銅複合ワイヤーの抵抗も温度上昇とともに直線的に増加し、このことも銅の自由電子が主なキャリアであることを示しています。ただし、温度係数(TCR)は銅(3.3×10-3 K-1)と比べて1.2×10-3 K-1と小さい値になりました。自由電子のフォノン散乱がCNTにより抑制されていることを示唆しています。より均一に内部まで銅析出した混合ワイヤーのTCRが小さくなったことから、CNT/銅界面付近で特に電子のフォノン散乱が抑制されていると予想されます。透過電子顕微鏡観察からCNTと銅は原子レベルで密着しており、ラマン散乱測定からCNTに圧縮応力が誘起されていることがわかりました。これらの事から、界面部の銅の格子振動がCNTから強い相互作用を受けていることを示しています。
複合ワイヤーはTCRが小さいため、約100℃(370 K)以上では比導電率が市販の銅線を上回りました。TCRが小さい複合ワイヤーは比電流容量も銅より大きくなることもわかりました。銅と比較して電流容量が高く導電性が同等で軽量な複合ワイヤーは、高電力供給が可能な軽量配線材料として応用に期待できます。特に、高温で動作するモーターなどで有効です。
機械特性
引張試験において、CNT銅複合ワイヤーは複合効果を示しました。引張強度は700MPa、ヤング率は70GPaでした。これらの引張強度は、銅やCNTヤーンよりもはるかに高くなりました。このことは、複合ワイヤーが個々のCNTバンドルが強化材料として銅を強化した繊維強化複合材料となっていることを示しています。CNT/銅界面での強固な接触により、銅はマトリックスとしてCNTバンドル間の荷重を良好に伝達し、その結果複合ワイヤーの優れた引張強度が得られました。
SEM観察により、複合ワイヤーの破断先端部は細長くくびれ、典型的な金属材料と同様の延性破断が発生していました。引張荷重が均一に分布したことがわかります。一方、外周部に多く銅析出した複合ワイヤーでは、CNT部分が引き出され、外周部の銅と内部のCNTヤーンが異なる箇所で破断していました。
均質複合ワイヤーは曲げ特性も良好です。小さな曲率半径で変形させることが可能であり、高い柔軟性を示しました。外周部に銅が多く析出した複合ワイヤーでは、曲げ加工中に座屈破断します、均質な複合構造となると、構造全体に応力が分散されるため、高い引張特性と柔軟性を発揮することがわかりました。以上の複合効果は、CNTと金属の複合材料における初めての報告であり、強化繊維と金属の系においても樹脂複合材料と同様な複合効果が表れるという興味深い結果です。
CNT銅複合ワイヤーは、CNTと銅の相乗効果により、TCRが低く、電流容量、引張特性に優れています。このような特性は、ドローンのモーター、イヤホンや小型アクチュエーターなどに使用される小型コイルの軽量配線材料や、集積電子デバイスシステム用配線として適していると考えられます。
発表論文
Synergistic mixing effects on electrical and mechanical properties in homogeneous CNT/Cu composites
Kosuke Tanaka, Takayuki Nakano, Yoshinobu Shimamura, Yoku Inoue
ACS Applied Engineering Materials 1, 2359 (2023)
DOI: 10.1021/acsaenm.3c00269